「大切なもの」はしまいこまず、日々の心を満たすために使おう
最近、母が終活の一環として「断捨離」を始めました。
思い出の品や、昔気に入って買った食器、洋服、本などをひとつひとつ見直しながら、少しずつ手放していく作業です。
そんな中で、母がぽつりとつぶやいた言葉がありました。
「これ、すごく気に入って買ったのに、しまいこんだまま一度も使わなかったのよね」
お気に入りのマグカップや、旅行先で買ったエプロン。
「もったいないから」「汚れたらいやだから」と、特別なときのために…と大事にしまっておいたものの、気づけば存在すら忘れてしまっていたそうです。
「本当に大切なものなら、しまっておくんじゃなくて、ちゃんと使ってこそ意味があるのよね。使って、手入れをして、また使う。その繰り返しで、ものは長く大切にできるんだって、今さらだけど気づいたの」
母のこの言葉が、妙に心に残りました。
そしてそのとき、私はある絵本を思い出したのです。
その絵本は、ある男性が登場します。
彼は、心から気に入った傘を見つけて購入し、それはそれは嬉しそうに持ち歩いています。
けれども彼は、大事にしすぎて、その傘を一度も使おうとしないのです。
雨が降っても傘をささずに濡れて帰ったり、傘立てには置かず、きちんとケースに入れて保管したり――。
彼の姿を見ていた子どもたちが、ある日こう言います。
「どうして使わないの?
そんなに気に入っているなら、使ったほうがもっと嬉しくなるんじゃない?」
その言葉にハッとした男性は、ついに傘を使ってみるのです。
雨の中、傘を広げて歩く時間の、なんと心地よいこと。
彼の顔には、穏やかで満足げな笑顔が広がっていました。
この絵本を思い出しながら、私自身もふと自分の暮らしを振り返ってみました。
クローゼットの奥にしまい込まれたワンピース。
もらったまま使えずにいるお気に入りの紅茶や、引き出しの奥で眠っているノート。
どれも「もったいない」と思ってとっておいたもの。
けれど、使わずにしまっていることで、結局それらは“自分の心を満たす”役割を果たしていなかったのです。
「気に入っているからこそ、日常で使って、心が穏やかになる瞬間を自分に与える」
それこそが、本当の「大切にする」ということなのかもしれません。
ものだけではありません。
たとえば、誰かにかけたいと思っている言葉や、ふと浮かんだ感謝の気持ち。
それらも、しまいこんでしまえば、伝わらないまま過ぎていきます。
思いを「使う」こと、表現すること。
それが、私たち自身の心の豊かさにつながっていくのではないでしょうか。
私のカウンセリングルームにも、心の整理をしたいと願う方が訪れます。
ものに対する想い、過去への執着、人との関係――。
それらがぐるぐると絡み合って、自分が何を大切にしたいのか、見えなくなってしまうことも少なくありません。
そんなときは、ほんの少しだけ視点を変えてみるのです。
「しまいこんでいる“お気に入り”は、ありませんか?」
「気に入っているからこそ、日々に取り入れて、自分を満たしてあげませんか?」
大切にしたいものを、ちゃんと“使う”。
自分の手で、目で、心で、それを実感していく。
それが、心を整える第一歩になることもあります。
あなたには、そんなふうに「使うことで心が穏やかになったり、ウキウキしたりするもの」がありますか?
たとえば、手に取るだけで気持ちが明るくなるマグカップや、香りに癒されるハンドクリーム、お気に入りの万年筆やノート。
それは高価なものでなくても構いません。
大切なのは、それを使うことで「今日の私、なんだかちょっといい感じ」と思えること。
「大事にすること」と「しまいこむこと」は、きっと違います。
せっかくの“お気に入り”、あなたの毎日の中に取り入れてみませんか?
もしよかったら、あなたが大切にしているもの、使っていて心が満たされるものについて、ぜひ教えてくださいね。